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2006年3月18日 (土)

ばらばらな価値社会

「ユニバーサルミニマム」が成り立つほど地球は豊かではない。「ミニマム」を先進国の常識感で定めることは愚かなことだと思う。世界の情報が共有化されることによって、本当に人類が幸せになれるのであろうか。知らないことによる幸せ、知ることによる不幸せを、他人が、ましてや他国の人間が自国の常識感を振りかざし、とやかく言うことが本当に正しいことなのか。世界中の国が日本のような経済大国になれるのか、なることが幸せなのか。ある評論家がアフリカの部族を例に出し「情報を持つものが勝つ。長老が子供から学ぶ時代になれば部族内の秩序は変わる」と言っていた。部族の中で長年にわたって継承されていた風習を、壊すことが本当に良いことなのか。長老から伝えられる生きるための知恵が、価値の低い情報であるとは到底思えない。異なる社会で異なる価値観があり、異なる幸せがあり、その上で世界の秩序が保たれる社会が求められる。一人ひとりの人間がそれぞれの社会で生まれてよかったと思えるような、ばらばらの価値社会をあえてつくり、維持することが必要です。残念ながら世界各国が同一の生活レベルになることはありえない。人口が増える国、減る国があり、食料・資源が産出される国、されない国があり、全ての国家が現在の日本と同様の生活レベルの国になることはありえないと思う。だからこそ、ばらばらな価値が必要なのです。先進国たる日本が他国の生活レベルや風習を低いものと判断し、手を差しのべようとすることに違和感を覚える。本気でやるなら、食料、資源を他国に渡し続けなくてはならない。現実的には日本国の生活レベルを下げて、貧しい国のレベルを上げ、下方均衡を図るしか手法はないと思う。そこまで出来るのか、税を拠出する以上は国民の理解が必要であり、実際、意志を持つことは難しいと思う。その上で全世界が長寿国になりうるのか、なったらどうなるのか、世界のありとあらゆる資源は枯渇してしまうと思う。世界各国がすべからく先進国にはなれないことを前提に、途上国に対する考え、対応のモデルを作り上げることが、日本に課された役割だと思う。1つの価値観をベースとした「ユニバーサルミニマム」を追い求めることは、実現不可能な夢を追い求めるようなものだ。「ばらばらな価値社会の維持」が究極の姿であろう。

3月 18, 2006 政策・理念 |

コメント

 前回投票いたしました。緑区の大学院生です。
 さて具体的に福田先生が考える「ばらばらの価値社会」とはどういうものですか。またどうすればそれが実現できると思いますか。ちなみに日本はどうすべきか、また自治体はどうすべきか、企業や市民はどうすべきかの政策をお教え下さい。
 なおそれを今後皆で考えていく必要があり、明確な解答は誰も持ち合わせてはいないと思います。でも福田先生が今の段階において、多少なりともお考えをお持ちならば、ぜひご教授下さい。
 

投稿 緑区有権者 | 2006/04/16 18:40:36

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