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2017年8月 8日 (火)

横浜市会議員緑区補欠選挙「おてき彰」の挑戦②

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7月3日(月)午前中、自民党の会議が行われ「おてき彰」は、正式に自民党公認となったのです。振り返ると僕も「おてき彰」の叔父である衆議院議員亀井善之代議士の秘書として8年間を過ごし、31歳の時に横浜市会議員に挑戦したのです。当時の横浜市緑区が人口増により分区することになり、青葉区、都筑区が誕生し、青葉区から市会議員への出馬というチャンスを得たのです。自民党の公認候補者になるのは、運と縁しかいないと、今でも思っています。おてき彰も運と縁によってこの場に立ったということです。

この時、地元でも、永田町の自民党に対する風当たりは厳しいものがありました。予算委員会や記者会見で話されていることが正しく伝わっていない、新聞・テレビ等のメディアを介すればメディアの思いがその中に入ってしまう。メディアも民間企業ですから、商売にならないといけません。その為の手法を酷使して国民に伝達しているので、見てもらえる、読んでもらえる角度になってしまいます。メディアに、それはおかしいと、言ったところで変える気持ちは持ち合わせていないでしょう。日が過ぎるほどに、逆風が強まっていることを現場で感じていたのです。

候補者は2人となりました。おてき彰と民進党代表代行の衆議院議員秘書です。おてき彰は、僕の公設第一秘書でしたから、もちろん自民党公認での立候補。相手は、無所属の会という立ち位置で、民進党推薦、共産党が支援という候補者です。相手候補を応援している人に駅で話を聞くと自分たちは「野党連合」と言っていたそうです。正に、与党と野党連合の一騎打ちの選挙。自民党衆議院議員の秘書と民進党衆議院議員秘書の代理戦争、いろいろな言われ方をしました。結果的には野党連合との一騎打ち選挙は自民党にとって大変な事態になると気づかされるのです。

国政選挙と地方選挙は違う。政策課題も異なれば、政治システム(国政は議院内閣制)も異なる。といい続けても、有権者の理解を得る事が出来ませんでした。相手候補は、「森友・加計 政治にNO」というステッカーを選挙ポスターに掲示していた程です。何が、横浜市会議員補欠選挙の論点なのか、ましてや「森友・加計算」は横浜市政には関係ないはずなのに、風は反自民で吹き荒れていたのです。隣町の事と意識していなかった東京都議会選挙で自民党が負け続けて事が脳裏によぎったのです。

その③に続く

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