ある自民党議員の離党
僕が故亀井善之代議士の秘書時代、渡辺派秘書軍団のと言われていた。故渡辺美智雄代議士が会長を務めたのが政策科学研究所(通称:政科研)です。当時の秘書会は結束力もあり、お互い気心も知れた仲間たちでもあった。当時の派閥秘書会長は渡辺美智雄事務所の秘書、幹事長は山崎拓事務所の秘書、僕は事務局長であった。
ある時、渡辺美智雄代議士が自民党総裁選挙に出ると言う。劣勢にあったけれども、僕ら秘書会は、渡辺総裁に夢を抱き、東京在住の自民党員宅に、毎日のように戸別訪問に出かけた。今でも覚えている。葬儀の準備をしている家に訪問し、「ご愁傷様です。亡くなられた方のためにも、よい日本をつくりたい。是非、渡辺美智雄に投票を・・・」とお願いしたことを。多くの秘書が、どんな思いで個別訪問したのか、息子は知っているのだろうか・・。
自民党を離党することは結構。自分の意思を貫くことも結構。でも、一人では何も出来ないことを、父渡辺美智雄代議士は知っていたのではないだろうか。だから、議員仲間をつくり、秘書を大切にし、総裁選挙に臨んだのではないだろうか。
自民党内に残り、新しい自民党をつくる。そのために、次期自民党総裁選挙に出馬すればよかったと思う。僕だって、今の自民党が、いいとは思っていない。「天下り」も、「公務員制度改革」も問題だらけだ。、僕らが外に出てはダメだ。国民意識から程遠い議員こそ、自民党から出て行くべきだ。
再度言いたい。組織内で物事を変えることが出来ない人が、組織の外に出て、変える事など出来るわけがない。一緒に、内部改革をしていきたかった。本当に残念です。渡辺喜美さん。
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