2017年8月16日 (水)

世界初!水素燃料電池 LUNASEAコンサートが何故⑧

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「世界にたった1つの水素料理屋で!」
「世界初!水素燃料電池LUNASEコンサート」が高い評価を得て終わりました。多くのメディアにも取り上げられて、多くの国民にも伝えることが出来たと思うのです。もちろんコンサート会場にいらしたLUNASEAファンの皆さんには特に。あれから1か月、興奮が冷めない時期に「Team Hydro」を再集結して、12月23日・24日のLUNASEAコンサートを「新・燃料電池コンサート完成版」として位置づけし、協力体制を整えていきたいと考えたのです。

SUGIZO、LUNASEAスタッフ、トヨタ、ホンダ、デロイト、福田峰之、そして今回からエネ庁、次世代自動車振興センターにも参加してもらうことにしました。メディアにもこの会議の様子を取材してもらい、今後もプロセスを追ってもらうことにしたのです。世界初の取り組みを近くで見てもらい、多くの国民に、そして世界に伝えてもらいたいのです。「次世代は明るいんだ」と。水素エネルギーの活用シーンが大きく広がっていくことにより、関心も高まり、環境問題を考えるきっかけを作ることが出来ればと思っているのです。

再結集の場所はやはり、ここしかない、世界でたった1つの水素料理屋店「リベロ」です。藤沢にある、世界中の水素関係者が一度は来たことがあるという知る人ぞ知るイタリア料理店です。水素専用の調理器具を使用して、水素を燃焼させその炎で肉や魚、野菜を焼くという調理法です。炎で表面は焼かれ、中身はジューシーな焼き具合になり、とても美味しいのです。と、言ってもイメージわかないはずですから、一度、食べに行ってください。同じ食材がここまで変わるのかと実感できるはずです。食と水素も今後のテーマです。音楽の次は、食を取り上げていくつもりです。

武道館は初めてということもあり、演奏についてはSUGIZOのギターの電源アンプのみとしました。しかし、12月の水素燃料電池コンサート完成版では、SUGIZOだけではなく、INORAN(ギター)、J(ベース)、真矢(ドラムス)、RYUICHI(ボーカル)、つまりLUNASEAすべての演奏に燃料電池を使ってもらいたいのです。照明も野外の物販のみに使用していましたが、12月は会場である「さいたまスーパーアリーナ」全ての照明を燃料電池でまかないたいのです。それには、もっと多くの企業に協力要請をしなくてはならないし、協力者も増やしていかなくてはなりません。

そんな僕の思い「Team Hydro」に話し、皆も思いが一緒だと再認識しました。12月まではアッという間です。今日の食事を終えたら、「新・水素燃料電池コンサート完成版」に向けて、それぞれ調査をして、次回の会議に備えることになりました。チームのメンバーは本当に熱い。子どもたちのために、地球環境のために、水素エネルギー社会を目指して活動していきます。

「水素エネルギー社会、本気で進めなくては後世に申し訳ない。僕はやるよ」 by SUGIZO

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2017年8月15日 (火)

政府入り!内閣府副大臣を拝命③

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「大臣と同じ?官邸階段で撮影」

首相官邸に戻ると記念写真の撮影になります。大臣が写真撮影している同じ場所で副大臣も写真を撮るのです。どういう順番で並ぶのかと思えば、特に決め事はなく自由だということです。結局、僕は右の上から3番目くらいの位置取りになりました。後に、写真を見せた支援者からはもっと総理の近くにいかなきゃダメじゃないのと言われ、確かにその通りと後から思ったのです。大臣に就任した際は、この事を覚えておこうと思ってます。

ここに並ぶと階段の下に多くのカメラがあることがわかり、しばらく撮影タイムが続くのです。これは単なる記念撮影ではなく、副大臣が力を合わせて国家・国民に奉仕することを約束する為の撮影なのです。思いを1つにし、常に世の中のことを、次世代のことを考え、行動する、それが副大臣の職責です。

撮影が終わると内閣府副大臣は別室に呼ばれ、総理から仕事内容の書かれている書類を受け取ることになっています。内閣府副大臣以外は、初の副大臣会議の行われる部屋に直行しています。内閣府副大臣として、総理から書類を受けとるとそこに仕事内容が書かれていて、僕の担当範囲は主なものでIT、サイバーセキュリティ、防災、知財です。この仕事を副大臣の期間、国家国民のために必死で行うのです。伝達が終わると副大臣会議が行われる会議室に向いました。他の副大臣は既に指定座席につていて、内閣府副大臣だけが後から入ってきた形になっています。しばらく待つと、菅官房長官、そして安倍総理が入ってきました。これから、副大臣会議です。

最初の副大臣会議ですから、副大臣の果たすべき責務について、心がけについての話でした。僕が印象に残ったのは最後に総理から出た話です。

各閣僚に対して、任命に際しては、必ず災害などに対して、国民の生命と財産を守るために、緊張感を持って全力を尽くしていくよう指示しております。副大臣も任命された瞬間から、危機管理を担う者として、自覚と緊張感を持って、ことに当たって頂きたい。

災害担当の内閣府副大臣としては、災害に対する総理の思いを受け止めざる負えません。何が何でも責務を果たそう、これが僕の思いです。

副大臣会議終了。官邸から議員会館に戻るために、官邸の車寄せに行くと副大臣車が直ぐに近寄って来たのです。議員会館に戻り、モーニング姿から普段のスーツに着替えて、内閣府への「初登庁」となります。「初登庁」というのはニュースで見たことあります。職員の皆さんが玄関ホールに待っていて、そこで出迎えてくれる習わしです。僕はこういうのが苦手で、てれてしまうのです。出来れば、止めてもらいたいのですが、そういう訳にもいきません。議員会館を出て、総合庁舎8号館に副大臣車で向かい、玄関に入りました。大変多くの職員の皆さんがそこにいて拍手で迎えてくれました。恥ずかしいなと思いながら、何も反応しないのも申し訳ないんで、手を振ってホールを抜けました。

わずかな時間とはいえ、内閣府の職員の皆さんがわざわざいらしてくれた訳ですから、職員の皆さんと共にチームとして仕事をしていきたいという思いを新たにしました。エレベータに乗り11階に向かいます。副大臣としての部屋は、内閣府大臣補佐官(マイナンバー担当)として過ごした部屋の真横、秘書室を挟んで隣という場所でした。地元、神奈川8区(横浜市青葉区・緑区・都筑区の一部【荏田南町・荏田南・荏田東町・荏田東・大丸】)選出の衆議院議員として、国民の代表たる国会議員として、そして政府の内閣府副大臣として、責務を全うします。

今後も新米副大臣の活動をブログで紹介していきます。楽しみにして下さい。

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2017年8月14日 (月)

横浜市会議員緑区補欠選挙「おてき彰」の挑戦④

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投票日となりました。横浜市長選挙と補欠選挙は同日であったこともあり、市長選挙を中心とした前回比の投票率情報が入ってきます。どうやら、前回の市長選挙より投票率が上がりそうです。僕自身は地元のイベントに参加する、市民の要望を聞く等の通常の政治活動にもどりました。候補者であった「おてき彰」は、いたたまれない気持ちであったと思います。投票結果を待つ思いは、候補者にならない限りは絶対にわからないと思います。どうやって夜の結果発表まで過ごしていたのかは、おてき彰に聞いていません。因みに僕はいつも掃除しています。

20時になると投票箱が閉鎖され、各投票所から開票所に投票箱が運ばれます。緑区の自民党の幹部の方々には20時におてき選挙事務所に集まって欲しいと連絡を入れてありますので、人が集まり始めました。そして開票が始まりました。現地には仲間が行っているので、概ねの情報は手に入るようにしています。間違いがあってはいけないので、投票所での正式な得票数発表は遅くなるのが常です。数えている風景、それが束になっている風景は見ることが出来るので、それで大まかな状況がわかるのです。

横浜市長選挙は、20時の投票が終了すると世論調査、出口調査等の統計的手法により、林文子候補の有利な状況がこのまま続くと判断され、直ぐに「当確」が出ました。一方の補欠選挙は、出口調査などが行われていなかったので、現実的な票の集計をしないと当落がわからないのです。重々しい空気の中で事務所には多くの人が静かに待っていて、時間の経過と共に更に多くの人が集まってきました。開票所からの情報で、500票、1500票と最初は、おてき彰と他候補者の投票数は同数が続いています。数字がホワイトボードに書かれる度に、大きなため息が聞こえてきます。そのうち数字が離れてきました。それは、相手候補の数字が大きくなってきたのです。おてき彰は、自宅に待機していて、結果が出たら選挙事務所に来ることになっています。

夜中の24時近くになってきました。投票所からの情報では、束の差(投票数の差)が出てきているので、当選は困難との話です。正式に数字が確定されるまでには時間がかかるので、選挙対策本部長と相談して、ここで終わりにしようということにしました。おてき彰の携帯に電話し「ダメだ。事務所に直ぐに来るように」と。「そうですか。今、行きます」。ちょうど1ヶ月前、おてき彰の携帯に「選挙に出ないかと言われている。どうする」と電話した事が懐かしく思えたのです。わずか1ヶ月、でもこの1ヶ月はおてき彰にとっても、僕にとっても、短くて、長くて、充実していて、悩んで、貴重な1ヶ月であった事は間違いありません。

選挙事務所に集まって頂いた方に、僕は「この1ヶ月おてきは、精一杯戦ったと思います。負けたけれど、褒めてあげて下さい」と。おてき彰は「全て、自分の不徳の致すところ。支援して頂いた方々の多くの時間、多くの心を頂き、感謝以外のものはありません。更なるチャレンジは明日から始まります。今後ともご支援下さい」と。おてき彰の最初の選挙が終わりました。1ヶ月の活動で勝てるほど選挙は甘くありません。僕も初陣は落選しました。おてき彰にとってこの落選は、長い人生において大きな糧になると思います。

「おてき彰に選挙に出て欲しい」と自民党緑区支部斉藤たつや支部長から連絡があって1ヶ月、フル回転の横浜市会議員緑区補欠選挙はこれで終わりです。僕は自民党のために勇気を持って決断してくれたおてき彰の思いを忘れません。自民党関係者にも忘れて欲しくありません。秘書にも、政治に対する思いがあり、家族もあり、心もあります。大切な同志であり、仲間です。次回の統一地方選挙は中選挙区になり、何人もの候補者と選挙を行う事になります。自民党横浜市緑区支部が市会議員を2人にするという決断で初めたことですから、斉藤たつや支部長とおてき彰が統一地方選挙で両者当選する為に知恵を出し、活動することが大切になると思います。斉藤たつや横浜市会議員、柳下剛神奈川県議会議員、ありがとうござました。

皆に感謝することから、政治は始まります。

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2017年8月13日 (日)

政府入り!内閣府副大臣を拝命②

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「天皇陛下のおそばに・・・」

10時30分に首相官邸3階南会議室に行くと新任副大臣が集まっていました。チームとして安倍政権を支えていくメンバーです。神奈川県出身の同期は、山本ともひろ防衛副大臣、坂井学総務副大臣が就任しました。皆が集まると認証官任命式に臨むにあたっての注意事項、導線の確認を行い皇居に向かったのです。官邸には内閣府副大臣用の公用車としてクラウンが用意されていて、それに乗車したのです。

皇居に着くと控えの間に通されました。そこにはモーニング姿の安倍総理が座っていたのです。総理は事前に皇居に来て、陛下に誰が副大臣に就任したのかをお伝えしたそうです。笑顔で「ダメだと、断られて人はいないよ」とその上で、「陛下が辞令書1枚1枚にお名前を書いているので、それが終わり次第、任命式になりますよ」総理にとっては、大臣の任命式を先週終えているので慣れている様子でした。

しばらくすると用意が出来ましたので、お名前を呼ぶ順番でいらしてくださいと宮内庁職員から言われました。総理は一足先に行ってしまい、僕は2番目に呼ばれ陛下と総理の待つ認証官任命式の場に歩んで行きました。「ふくだ内閣府副大臣」と入り口で呼ばれ一礼して部屋に入りました。10m先に天皇陛下がいらして、僕のほうを真っ直ぐ見つめています。陛下に2mまで近づき一礼して、斜め45度の角度にいる総理の前まで歩み辞令書を受け取り、後ずさりして陛下の前に戻り、一礼すると改めて「ふくだ内閣府副大臣」と紹介されました。陛下を見ると真っ直ぐな視線を向けてくれていて、僕も陛下に視線を合わせました。世の中の為に副大臣としての職務を全うしようと改めて思いを強くしました。視線を合わせて一礼し、後ろに振り向き部屋を退室します。部屋を出る際はもう一度、陛下に向き直って一礼しました。長いようで短い緊張の一瞬でした。

控え室に戻り、内閣府副大臣として記帳し、皆が戻るまで待つのです。さすがに初めて副大臣としての記帳故に、緊張したのも事実です。全員が戻ると首相官邸に戻るのです。車寄せに行くとN秘書官が待っていて、公用車がスット近づいてきました。暑い時期のモーニングは汗をかくものです。そして官邸に向いました。

その③に続く 「大臣と同じ?官邸階段で撮影」

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2017年8月12日 (土)

政府入り!内閣府副大臣を拝命①

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「新人副大臣の誕生」

8月3日(木)内閣改造が行われ、新たな安倍改造内閣が誕生しました。内閣改造、新たな自民党役員人事が行われるということは、政府であれば副大臣、政務官人事、自民党であれば部会長等の各役職人事が行われるということです。人事の季節になると大臣や党3役未経験議員は役職希望届けを自民党に提出する事になります。衆議院3期というのは政府であれば副大臣、自民党であれば政務調査会の部会長という役職がメインとなります。政府で仕事をするのか、党で仕事をするのか、担当する仕事内容が同じでも、やり方が異なるということになるのです。

役職希望届けに何を書いたかと言うと実は、第一希望にしていたのは「自民党政務調査会総務部会長」という役職でした。部会長と言うのは分野における与党自民党の政策責任者で、総務部会と言うのは、総務省の所管する範囲ということになります。僕の関心事は、地方分権、情報通信、マイナンバー等の政策です。与党自民党の側から、政策を押し上げていく手法を選んだのです。しかし、金曜日の夕方、菅官房長官から携帯に電話がかかってきたのです。この時期に官房長官から電話がくるということは、「副大臣のことかな」と一瞬、頭を過ぎったのは事実です。すると想像の通り「内閣府IT担当の副大臣をお願いします」と言われたのです。今まで自民党IT戦略特命委員会事務局長としてIT政策をつくってきました。そのとりまとめか毎年、特命委員会で出している「デジタルニッポン」という政策提言集です。今年の政府の成長戦略は正に「デジタルニッポン」に掲げているIOT社会、データ利活用社会による経済の再生です。自分たちで提言してきたものを政府に入り具体的に実現することは、職務としてやりがいがあると思ってお受けしたのです。

副大臣人事は7日午前中の閣議で正式に決まるということです。もちろん副大臣に就任するのは初めてですから、これからどうしたらよいのか、よくわかりません。土曜日となり地元の事務所にいると内閣府の職員から電話があり、月曜日の事について説明があり、詳細のFAXももらいました。そこには、モーニングを着用し、10時30分に首相官邸に来るように書いてあったのです。服装のコードは、モーニング、黒のベスト、チーフなし、銀色のネクタイ、黒の紐靴です。首相官邸に行く前に内閣府の説明をしたいので時間をとって欲しいというアポもあり、9時15分に議員会館に来てもらう事にしました。

7日、混んで首相官邸に遅れるわけにいかないので、議員会館には7時30分に到着しました。9時過ぎになると内閣府事務次官が来訪し、秘書官を誰にするかという話になったのです。副大臣には秘書官がつき、副大臣としての仕事をサポートしてくれます。Nさんはどうでしょうと履歴書を見せられたのです。どうでしょうと言われても、会ったこともないし、どんな人かも知らないし、次官が推薦してくれるならと思い「いいですよ」と応えたのです。すると外に待っていたようで部屋の中に入ってきました。見たことあるな・・・と思い、「この前、石原ひろたかと沖縄にいなかった?」と聞くとNさんは「いました。副大臣は石原前副大臣と朝食してましたよね」と。8月1日~2日に沖縄市の「スタートアップ・カフェ・コザ」に、自民党IT戦略特命委員会で視察に行っていたのです。たまたま朝ホテルで、石原ひろたか前沖縄・北方副大臣に会ったのです。縁とは不思議なものです。Nさんは石原副大臣時代から秘書官をしており、秘書官継続ということになったのです。

その②に続く「天皇陛下のおそばに・・・」

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2017年8月11日 (金)

横浜市会議員緑区補欠選挙「おてき彰」の挑戦③

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状況は日に日に苦しくなってきました。2009年政権交代選挙、僕が落選し政権が民主党に変わった選挙です。あの時、自民党でないことが選択肢の第一条件となり、駅で演説しても、チラシを配っても「自民党NO」と言われ続けたのです。今回の補選は、表立って「自民党NO」と暴言を吐く人もいたけれど、数はけっして多くはありませんでした。反自民は、民主党政権をつくる結果となり、経済がぼろぼろになったことを覚えているのだと思います。今回は、表では言わず、心の中で自民党はダメだと思っている人が多かったのです。

その上で、参議院議員の不倫疑惑、自民党員2名しか集めなくも大臣、真実か嘘か、僕は知りません。ただ報じられて、自民党の支持者ですら疑問を感じたのは事実です。特に、自民党国会議員は1000人の自民党員を集めることが責務となっていて、支援者の皆さんにも党員の紹介をしてもらい、協力してもらっているのです。年会費4000円かかる党員集めは大変なことです。その支援者の人たちが、「これはどういうことだ」と言ってきたのです。自民党員の方、支援者の方、こうした方々が声をかけてくれることにより、選挙は成り立つのです。モチベーションが下がるようなことが報じられた事は大きかったと思います。

選挙は終盤となってきました。形勢逆転のために河野太郎現外務大臣、甘利明元経済再生大臣など永田町からも応援弁士を呼び、必死に訴え続けるも大きな流れはとまりません。自民党が支援していた林文子横浜市長候補は当選圏内に入っているようですが、おてき彰は厳しいと言われていました。1ヶ月の活動で、秘書から候補者らしい雰囲気が出てきて、演説も上手くなり、人とのコミュニケーションは更に向上していました。そして、最終日の19時30分、JR横浜線中山駅で最後の街頭演説が始まりました。僕は「緑区で選ばれる市会議員は、市民に寄りそって目となり足となり、地域の代表者になれる人を選んで欲しい。政策を実現できる与党秘書の経験をかって欲しい」と。おてき彰は「自分は皆さんです。皆さんがおてき彰です。その思いを持って市政に乗り込みます。送り込んで下さい」と。20時の時報と共に演説会は終了しました。明日は投票日、結果を待つだけになったのです。

その④に続く

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2017年8月 8日 (火)

横浜市会議員緑区補欠選挙「おてき彰」の挑戦②

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7月3日(月)午前中、自民党の会議が行われ「おてき彰」は、正式に自民党公認となったのです。振り返ると僕も「おてき彰」の叔父である衆議院議員亀井善之代議士の秘書として8年間を過ごし、31歳の時に横浜市会議員に挑戦したのです。当時の横浜市緑区が人口増により分区することになり、青葉区、都筑区が誕生し、青葉区から市会議員への出馬というチャンスを得たのです。自民党の公認候補者になるのは、運と縁しかいないと、今でも思っています。おてき彰も運と縁によってこの場に立ったということです。

この時、地元でも、永田町の自民党に対する風当たりは厳しいものがありました。予算委員会や記者会見で話されていることが正しく伝わっていない、新聞・テレビ等のメディアを介すればメディアの思いがその中に入ってしまう。メディアも民間企業ですから、商売にならないといけません。その為の手法を酷使して国民に伝達しているので、見てもらえる、読んでもらえる角度になってしまいます。メディアに、それはおかしいと、言ったところで変える気持ちは持ち合わせていないでしょう。日が過ぎるほどに、逆風が強まっていることを現場で感じていたのです。

候補者は2人となりました。おてき彰と民進党代表代行の衆議院議員秘書です。おてき彰は、僕の公設第一秘書でしたから、もちろん自民党公認での立候補。相手は、無所属の会という立ち位置で、民進党推薦、共産党が支援という候補者です。相手候補を応援している人に駅で話を聞くと自分たちは「野党連合」と言っていたそうです。正に、与党と野党連合の一騎打ちの選挙。自民党衆議院議員の秘書と民進党衆議院議員秘書の代理戦争、いろいろな言われ方をしました。結果的には野党連合との一騎打ち選挙は自民党にとって大変な事態になると気づかされるのです。

国政選挙と地方選挙は違う。政策課題も異なれば、政治システム(国政は議院内閣制)も異なる。といい続けても、有権者の理解を得る事が出来ませんでした。相手候補は、「森友・加計 政治にNO」というステッカーを選挙ポスターに掲示していた程です。何が、横浜市会議員補欠選挙の論点なのか、ましてや「森友・加計算」は横浜市政には関係ないはずなのに、風は反自民で吹き荒れていたのです。隣町の事と意識していなかった東京都議会選挙で自民党が負け続けて事が脳裏によぎったのです。

その③に続く

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2017年8月 6日 (日)

横浜市会議員緑区補欠選挙「おてき彰」の挑戦①

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7月30日(日)横浜市長選挙と同日に横浜市緑区補欠選挙が行われました。自民党は横浜市長には林文子候補を支援し、緑区補欠選挙では「おてき彰」を公認しました。「おてき彰」は、5年間、僕の公設第一秘書として働いてきた男です。

短期決戦であった補欠選挙は、当初、ある女性候補が自民党公認を受け、活動を続けていたのですが、6月末に急に辞退をしました。投票日まで1か月を切ろうとする中で、新たな候補者探しが始まったのです。あまりの短時間故に、候補者擁立は困難を極めることになったのです。候補者擁立は、補欠選挙の選挙区である自民党横浜市緑区支部が責任組織として担うことになっています。

7月1日(土)の昼過ぎに自民党横浜市緑区支部支部長である斉藤たつや横浜市会議員から僕の携帯に電話がありました。「今回の補欠選挙、時間もさし迫っていることもあり、福田事務所の秘書を出馬させて欲しい」、僕は誰の事ですかと聞くと「柳下剛神奈川県議会議員とも相談した。おてき彰はどうか?」ということでした。「今日中に返事をもらえないか?」、僕は「僕が決める事ではないので、おてき本人に聞いてみます。少し時間を下さい」と。電話を切ると直ぐに、おてき彰の携帯に電話したのです。「斉藤たつや支部長から、補欠選挙に出ないかと言われているが、どうする?」、おてき彰から「何のことですか・・」、「緑区の補欠選挙のことだよ」と答えたのです。「女性候補者が辞退した。不戦敗というわけにはいかない、その上での候補者探しだと思う。どうする?」、「急に言われても・・・・、自民党としては誰か出ないといけないですよね・・・」、「誰でも良いいうわけではない。政治がわかっていて、地元の意見を集約できる人でないと候補者には出来ない。だから、おてき、出ないかと言われているんだよ」、「いつまでに決めれば・・・」、「今日中に決断して欲しいと言ってる。どうする・・・」。暫く沈黙が続いたのです。長かった気もしますが、そんな時間でもなかったと思います。おてき彰から「出馬要請を受けます」との返事をもらいました。

正直、こんなに早く返事が来るとは思いませんでした。びっくりして「家族に相談しなくても大丈夫なのか?」僕の方が心配になったのです。普通なら1~2日待ってくれと言うはずです。「家族に相談したら、理解してくれるとは思えない。だから、出馬の依頼を受けたことに対する決断は、一人でするしかないでしょ」、確かにその通りだと思ったのです。おてき彰との電話を切ると斉藤たつや支部長に早速、電話しました。「出馬要請を受けると言ってます」と。「良かった。これから、自民党の党内手続きに入る」と。正に、ここから、おてき彰の挑戦がスタートしたのです。

②に続く。

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2017年7月 6日 (木)

横浜市会議員緑区補選「おてき彰」自民党公認へ

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7月30日に横浜市長選挙と横浜市会議員緑区補欠選挙が行われます。緑区は僕の選挙区であり、候補者を出さずに不戦敗というわけにはいきません。急なことでありますが、自民党の候補予定者として「おてき彰」が7月3日に自民党横浜支部連合会から公認されました。「おてき彰」は、僕の公設第一秘書として政策、街づくりに深く関わってきた有能な秘書であり、僕の右腕として支えてくれていた人物です。

僕の掲げる水素エネルギー社会構築を横浜市で、そして緑区で実践するために「緑区水素タウン構想~横浜北部地域の活性化」を掲げて市政にチャレンジをすることになりました。水素エネルギー政策を取りまとめる作業を手伝っていたので、政策に詳しいことは間違いありません。

おてき彰の政策「緑区水素タウン構想」を実現させるためにも大きな支援の輪が無ければ具現化することは出来ません。「おてき彰を支援する会」の会員(横浜市緑区民)募集していますので知人にお声がけをして頂ければ幸いです。お声かけして頂いた方のお名前、連絡先等をinfo@otekiakira.comまでご連絡ください。また、今後のイベントにもご参加下さい。
【おてき彰プロフィール】
昭和42年生まれ。高校卒業後、単身イタリアに渡り、ローマにて飲食ビジネスに従事。帰国後は横浜市を中心にイタリアレストランの運営及びコンサルタントを中心とし、介護事業などのビジネスにも携わる。平成24年衆議院議員ふくだ峰之公設第一秘書に就任。政策・街づくりと有権者と国政との橋渡し役を務める。
【事務所】 
住所:横浜市緑区中山町157 (JR横浜線 中山駅 横浜銀行前)
電話:045-532-8893
Mail:info@otekiakira.com
【今後のイベント】
①おてき彰を支援する会 事務所開き
7月14日(金)10時 おてき彰事務所
②演説会
7月15日(土)18時 横浜市緑公会堂(JR横浜線 中山駅徒歩10分)
③出陣式
7月21日(金)10時 おてき彰事務所 

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2017年7月 5日 (水)

世界初!水素燃料電池 LUNASEAコンサートが何故⑦

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「世界初!水素燃料電池コンサート、新たな歴史をつくる」
5月29日(月)世界でまだ誰も経験したことのない水素によって生み出された音楽という領域に入るのです。日本武道館の前面にはトヨタMIRAI(シルバー)、ホンダ・クラリティ(ホワイト)が置かれ、ここから野外販売所の照明用電気が供給されています。SUGIZOのギターアンプ用電源として使用するクラリティは、武道館にさらに近い場所に設置されています。前面のクラリティ(ホワイト)は、アンプ電源用の予備車としての位置づけもあります。ギターアンプの電源が使えなくては、コンサートそのものが開催不能となってしまうからです。

前面にあるFCV車2台は購買宣伝のために設置しているわけではありません。FCVは宣伝する必要が無いほど、予約で何年待ちの状況にあります。あくまで、電源車両ということを理解してもらえないと、宣伝料をイベント会場から請求されることになりかねません。国民に、適切な管理による水素の安全性、環境性、水素エネルギー社会の意義を伝えるための電源車両です。

多くの来場者が、もの珍しそうに前を通るとスマホで写真を撮っていきます。2台のFCVにはLUNASEAのマークが張られていて、それを撮影していようです。東京モーターショーにFCVが初めて登場した時よりも撮影している人が多かったかもしれません。この車が水素燃料電池自動車で、今日のコンサートの電源車両になっていることを知っている人は、話した限りでは、ほとんどいません。僕はにわか説明員となり、撮影している人に「この車は水素燃料電池自動車、水素でつくられた電気で動いているんです。今日のコンサートに必要な電気の一部は車でつくられていて、SUGIZOのギターアンプはクラリティというこの車からの電気ですよ」と語りかけました。「へぇーSUGIZOらしいね」との反応もあり、都合50人には説明したと思います。今回は時間的制約や初めての経験ということもあり、説明用のボードを用意するすることが出来ませんでした。次回、水素燃料電池コンサートを開催する場合はボードを必ず用意したいと考えています。

SUGIZOのギターアンプ用クラリティは、設置場所から電源コードでステージまでつながっています。窓の脇を通り、地面を這い、壁を這わせた、80メートルくらいの長さのコードの行方をステージまで追っていきました。誰かが躓いてコードが抜けたら大変なことになります。僕が武道館に着いた時は、本番同等のリハーサルをほぼ終えた頃で、無事演奏が出来ているという報告も受けたので一安心です。

トヨタ、ホンダはFCVを朝早くから会場に運び既定の場所に配置し、電源供給が出来る状況をつくり、リハーサルに参加していて、本当に準備が大変だったようです。水素社会実現のために企業としての最大の協力をしてくれています。自社の車を売りたいとか、宣伝したいとか、そういうことではないのです。コンサートだけの事を考えれば持ち出しであることは間違いありません。ホンダの担当者に「もし、途中で電気が供給出来なくなって、ギターの音がいきなり出なくなったらどうなりますかね?」と話しかけると「不吉な話は勘弁して下さい」と怒られました。

視察を終えて、コンサートの始まる15分前に座席についたのです。武道館の照明が暗くなり、いよいよコンサートが始まりました。まばゆいばかりの照明、エレクトリカルなサウンド、歓声、武道館ならではのライブスタジオ調の盛り上がり、心が躍ります。SUGIZOも登場し「ジャーン」ギターサウンドの炸裂です。音を聞いても未だに、違いがよくわかりせん。ましてや、音の比較を今しているわけでないので、更にです。何曲か演奏されて、SUGIZOのギターもどうやら調子良さそうなので安心して聴くことが出来ました。言い出しっペとして、急に音が出なくなってらどうしようという思いが消え初めてきたのです。

そうなると次は、何時、水素燃料電池の話をSUGIZOがするのか?という事が気になり始めたのです。ボーカルではないので、しょっちゅう話すわけでもなく、ただ次か次かと心待ちにしていたと同時に、もしSUGIZOが水素エネルギーの話を会場でしなければ、僕はオオカミ少年になってしまうという思いを持ちつつ・・・。あー、終わってしまった。どうしよう、でもアンコールがあるはず。その時に話すのか、それとも忘れているのか、そもそも話す気がないのか、安倍総理にも報告してしまったし・・・。とにかく、あとは神頼みだ。

アンコールの拍手が響き、そしてアンコールが始まったのです。今度こそ、という思いで曲というより、曲と曲の狭間ばかりが気になり始めたのです。そして待ちに待ったSUGIZOの語りが始まったのです。「今日は水素の恩恵を受けまして、お届けしております。環境や地球によいエネルギーで最高のロックパフォーマンスができるように、これからも邁進してまいります」あー良かった、これが僕の思いです。そして、つめかけたファンからも大きな歓声が上がり、水素燃料電池コンサートは、水素社会への理解促進に必ずつながるという確信が持てたのです。今回のコンサートは、今後につながる。そして12月23日・24日に開催予定のさいたまスーパーアリーナでのLUNASEAコンサートは、更なる進化を遂げた「新・水素燃料電池コンサート」に仕上げてみたいと・・・。

SUGIZOのギターは、再エネ由来の水素でつくられた電気により全て奏でられたのです。そして「I For You 」という曲が水素燃料電池コンサートでSUGIZOが奏でた最も水素にふさわしい曲だったということを後日、本人から聞いて知ることになるのです。

⑧に続く。次回は「世界にたった1つの水素料理屋で!」

【参考サイト】
LUNASAE OFFICIAL WEBSITE
HOT EYES(HONDA)

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