フォト
2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

2012年5月 6日 (日)

始めての救急患者

娘まり花が高熱を出し、痙攣し、意識がもうろうになっていると夜9時、ワイフから携帯に電話があった。電話の声も普段と違い、落ち着きがない状態だ。「すぐに帰って来て。まり花を病院に連れてって」と。この日は、日の出テレビ「政治の時間」の担当日だ。千葉からゲストを呼んでいて、22時から生配信を行うことになっている。「わかったすぐ戻る。でも、帰りはタクシーで帰ってきて」と答え、家に帰った。

帰ると、地元の医師会が運営する「夜間休日急患センター」に乗せていって欲しいとの話。GWだから平日だけどやっているのかな、と疑問に思いながら、センターにつくと案の定やっていない。「誰から聞いたの」と聞くと「行きつけの小児科の先生が、もし体調が悪くなったら、藤が丘に連れて行くように」と言われたという。それはきっと「昭和医大藤が丘病院のことだよ」と話し、藤が丘病院の救急受付に連れて行った。

1人だと不安だと思い、家に帰る前に私の母を迎えに行き、一緒に病院に同行してもらうことにした。病院の受付手続きをすると時間外診療ゆえに、8400円別枠の料金がかかるという説明を受ける。「わかりました」と書類を書き、ワイフとまり花は待合所に向かう。ここで、母にバトンタッチし、「政治の時間」のために事務所に戻る。

生放送の1時間、娘まり花は大丈夫か、正直、気がかりであった。でも、携帯に何の連絡も無いと言うことは、大事に至ってないということだろう。配信が終わり、連絡するとまだ病院とのこと、迎えに行き、家に帰った。

ワイフにとって、高熱、痙攣は、始めての経験であり、子育て新人家族の僕らにとって、始めての体験でもあった。あの日から、5日が経っているが、熱はまだ下がらない。子供の成長過程では、よくあることのようだ。元気な娘に早くに、もどって欲しい。

2012年2月 7日 (火)

はじめてのディズニーランド

娘まり花が1月13日で2歳になった。どうかなーと思いながらも2月2日にディズニーランド初デビュー。最近のお気に入りが、ミッキーマウス、プー、グーフィーと正にディズニーキャラクターであった為、連れて行っても泣き出すことはないであろう、こんな思いであった。

真冬故、ダウンコート、毛糸の帽子、手袋と親も子も完全防備でディズニーランドに入場。キャラクターと記念写真が撮れて喜んでいる。アトラクションは、乗れるものが限定されているが、ショーやエレクトリカルパレードなど見れるものは何でも見た。あれは、「ミッキーだ」、「グーフィーだ」、「ミニーだ」と色々と説明してくれる。良くもこれだけ覚えたなーと2歳の娘に感心する。

アトラクション。僕も久々に「キャプテンEO」に親子で入場。娘まり花は常日頃、DVDなどを見ているけれども、3D映像は初めての経験になる。訳も分からずメガネを掛けさせられて、魔女が押し寄せてくる映像を見て驚き、抱きついてくる。確かにビックリしただろう。

レストランでは、自席にミニー、ディジーが寄ってくれて、歓迎してくれる。一緒に記念写真を撮ってくれる。娘まり花は、何とミニーにチューしている。本当に楽しそうだ。この思い出が大人になった時にどんな影響を与えるかはわからない。しかし、感動を呼び起こすことは何よりも人間形成にとって大切だと思う。

2歳の娘とディズニーランドに訪問し、改めてディズニーランドのきめ細かいサービスに驚愕する。心を開けば、大人も子どもの感動する。ディズニーランド恐るべし。

2011年11月22日 (火)

「話していること」「聞いていること」

娘まり花も片言の日本語を話している。生まれて、1年10ヶ月、子供の頭は柔軟で、語学を覚えるのも早い。子供にとっては、日本語も外国語と同じだ。しかし、時にわけのわからないことを話している。相槌打つのも、会話をするのも、何を言っているかわからないので苦労する。でも、何より楽しいそうにしている。

でも、こっちが言っていることは、ほとんど理解しているようだ。伝えてた事を実践している。「どこそこにしまって」「○○を持ってきて」理解をしている。会話による双方向のコミュニケーションが完成されるのもまじかだと思う。

しかるに、日本人の英会話学習は、なかなかコミュニケーションが出来ない。それは、勉強として英語を学んでいるから、と思う。子供の柔軟さと、勉強ではなく、コミュニケーションを学ぶという概念が大切だと思う。僕の英語もかなりひどい。

2011年8月 1日 (月)

歩く

手をつないで歩くことしか出来なかった娘まり花がようやく一人で歩き出した。手を離して前に立ち、手を繋ぐそぶりを示しながら、後ずさりをする。すると手を繋ごうとして歩き出す。初日は8歩前進。結構うれしいものだ。このままいけは、直ぐに歩けるようになるだろう。翌日は20歩。さらに翌日は50歩。歩数が増えてきている。ただし、機嫌が悪いと座り込んでしまう。ペンギンのような「よたよたした」歩きだが、子ども成長が感じられる一瞬でもある。

いつか、娘まり花と散歩に出れる日も近いと思う。

2011年7月14日 (木)

すべり台の楽しみ方

家の近所にある公園に長いすべり台がある。高所恐怖症の僕は少し苦手だ。でも、娘まり花は、このすべり台が大好きだ。何度も何度も滑る。毎日、ワイフが公園に連れて行くが、1時間半くらいは、飽きずに遊んでいる。

子どもが遊ぶようになって、改めて遊具の意味を実感している。自分が子どもの頃は、すべり台、ブランコ、ジャングルジム、とにかく遊具が楽しかった。時代は変わっても、子どもの遊びたい心理は同じだろう。しかし、大前提は、自己責任にある。子どもの責任、親の責任、「怪我も弁当も自分もち」ということだろうか。行政の責任にばかりに転化すると、つまらない遊具ばかりになる。

娘まり花は、今日も18時過ぎになると公園に出かける。すべり台の上から見える景色で何かを感じてもらいたい。

2011年5月14日 (土)

ABCとあっぷっぷ

娘まり花が、何やらつぶやいているのを見かける。何言ってるか、わからないが楽しそうに話している。

数少ないけれども、理解できる言葉がある。その1つが「ABC」。ABCの歌のCDをちょくちょくかけているらしく、頭だけを覚えているようだ。2つ目は「あっぷっぷ」。これは、だるまさんの歌にでてくるフレーズ「・・・笑うと負けよ、あっぷっぷ」のことらしい。

その他にも豆腐を「とう」、おっぱいを「ぱい」、まり花を「まり」と話す。基本は2語のようだ。一番長いフレーズは「あっぷっぷ」。これから、いろいろな物を見て、言葉を覚え、発するようになるはずだ。おしゃべり娘になりそうだ。

2011年4月 6日 (水)

乾杯

「硬い絆に・・・」、乾杯と言っても娘の結婚式の話ではない。娘まり花は、まだ1歳3ヶ月、結婚するのは、はるか先だ。この「乾杯」は正しく、グラスを合わせる「乾杯」のこと。ワイフと娘まり花とレストランに食事に行った際に、教えたものだ。

娘まり花は、とっての付いた子ども用水のみコップ、僕はシャンパングラス。「かんぱーい」カチンとグラスをあわせる。それを、3回繰り返したら、「乾杯」を出来るようになった。あわせる時の力の入れ具合が、わからないらしく、気をつけないとグラスを割られてしまう。

何回か繰り返すと覚えてしまう。そして、何度もやろうとする。正しく、子どもだ。理由が分からなくとも、大人の真似をして覚えていく。そんな素直な心を大人は、失っている。さて、娘まり花と「かんぱーい」でもするか。

2011年3月10日 (木)

階段のぼり

娘まり花が家の階段を昇れるようになった。一人で昇らせると危ないので、後ろについて昇る。昇りきって、まり花を褒め、そして拍手をすると、指で下を差し示し、何かぶつぶつ言っている。たぶん、もう一度昇らせて欲しいと言っているのだろう。階段の下に連れて行くと、また昇る。そして、褒めるともう一度やりたいという。
日々の生活では階段をゆっくり昇ることはない。改めてゆっくり昇ると、下を見ることになる。僕は高所恐怖症だったことを思い出し、急に怖くなり、階段が壊れるのではないかと考える。しばらく、まり花にとって、階段昇りが趣味となるであろう。今度は下を見ないでと思っても、まり花を見守れば下を見ることになる。早く、一人で昇れるようになって欲しい。

2011年3月 4日 (金)

名詞配り

娘まり花が名詞配りをどうやら覚えたようだ。僕が名詞を渡す様子を見ていたのであろう、名詞を両手で受け取り、お辞儀をする。そして、名詞を渡す。何とも、可愛い。政治家の娘ならでは、という訳ではないが、見る機会が多いのだろう。
子どもは、親を見て、まねをする。そして、直ぐに覚える。今では、万歳も出来るし、握手もできる。そのうち、僕の代理でも務めてもらおうか・・・・。

2011年2月11日 (金)

娘のデビュー

娘まり花が、僕の主催するイベントに初デビューしました。イベント名は「平成23年ふくだ峰之新春の集い」という500人規模のイベントです。開場時のお出迎えの時も、泣くことはなかったし、最後に舞台に上がった時も、グズルことはなかったのです。

開場時は、娘まり花にとって、見たことない人ばかりが、覗きに来て、きっと驚いたと思う。でも、泣かずに、にこやかに皆を見ていた。感心する。舞台に上がった時も、下には、多くの方がいるのに、動じない。何事かという表情をしていたけれども、何となくクリアしている。子どもの適応力なのだろうか?

イベント終了後の打ち上げで、お手伝いを頂いた女性部の方々に、僕とワイフが挨拶を済ますと、何とベビーカーからお辞儀をしているではないか。何処で覚えたのだろう?確かに、僕もワイフも一日中お辞儀をしていたから、それを見て覚えたのだろうか?子どもは不思議だ。

ワイフと夜に話した。人当たりがいいから、来年はお菓子を一緒に配ってくれるかも・・・と。ある議員の子どもは、紙を持つと名詞のように配るという。政治家の家庭での出来事だ。