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2010年1月

2010年1月16日 (土)

子どものネームカード

20100117_221532子どものとり違い、こんなこと現在は無縁なのだろうか。小説などでは、時に物語になるテーマだ。分娩室でまり花が生まれ、最初に見た時、まり花自身には名札がついていたわけではない。ベットのようなプラスチック容器にワイフの名前(福田敦美)が貼り付けられていた。

子どもの顔はそれぞれ異なる。じっと見てれば覚えることは可能だろう。でも、子ども自身に名札がついていなければ、「裸になれば皆同じ」ということも考えられる。気がつくとまり花の足には「福田敦美」とワイフのネームカードが結ばれていた。何故、ワイフの名前なのか・・・。「福田まり花」という名前があるのに・・・。

よくよく考えてみれば、子ども名前をまだ考えていない人もいるはずだ。特に、生まれるまで男の子か女の子か聞いていない夫婦もいる。だから母親の名前をつけているのだ。まさか、入院もしていない父親の名前を付けるのも変だ。何でも、自分たちの事を標準に考えてはいけない。反省した。

2010年1月13日 (水)

ついに出産

朝6時ベットから起き上がり、バスルームに向かう。今日は、ワイフを医院に連れて行く日だ。昨日、陣痛促進剤投与を決め、今日は正に正念場。にわか仕込みのプレパパである僕は、何となくそわそわしていた。

車でワイフを医院に連れて行った。出産予定日は、1月15日。今日は1月13日、予定日の2日前だ。子どもの頭が母体から出てきそうな状況になっているという。病室にチェックイン。でも、陣痛促進剤を投与しても、すぐに生まれるものではないらしい。投与したら直ぐにでも子どもが出てくるのかと思っていた。「夕方くらいではないか。でも、人により状況は違うので正確にはわからないのです」と看護士さんに言われる。ここで、夕方まで待つわけにもいかないので、とりあえず事務所に出勤した。

自分の仕事はあっちに行ったり、こっちに行ったり、人に会うことが主なもの。でも、当然落ち着かない。あっという間に、午前中が終わり、昼食を食べていた。気がつくと16時。何となく虫の知らせか、車を家に置き、電車で病院に向かっていた。すると、携帯電話がなり義理の母が「もうすぐよ。何処にいるの」と。「今、あざみ野駅にいるので15分で着きます」と。虫の知らせは、正しい。離れていたのでは、駆けつけることは出来ない。義理の母にも怒られてしまう。

病院につくとワイフは分娩予備室に入っていた。うなる声だけが聞こえる。声を聞く限り、相当大変な思いをしているのだろう。後で聞けば「鼻から地球を出す感覚」と言っていた。僕は落ち着いた振りをして、近くのロビーで本を読んでいた。目は追っているけれど、心はそこにはない。心は分娩予備室だ。しばらくすると、ワイフは分娩室に連れていかれた。医師から「分娩室に立ち会いますか?奥さんは嫌がっていますけれど・・・」と言われた。そうは言っても顔を見せないわけにもいかない「とりあえず分娩室に行きます」と言い、医師について行った。足を立てひざにして、大きく広げる姿を頭の方から見た。立会いというのは、子どもが出てくるところを足のほうから見ることではないらしい。手を握り「大丈夫か」と声をかける。悲痛な中でも、無理やり笑顔を見せようとしている。ワイフは「お願いだから、ここにいないで・・・」と言った。もともと、ワイフは立会い出産には反対していた。「恥ずかしいから」と言っていたが、ホンとのことは良くわからない。

20100113_185044_2子どもの泣き声が聞こえた気がする。17時29分「まり花」はこの世に産まれてきた。10ヶ月にわたり、ワイフのお腹に宿泊していた子どもがこの子だ。ワイフのお腹をさすり、声をかけていたのもこの子だ。足をばたつかせお腹をけっていたのもこの子だ。よく生まれてきた。ありがとう。誕生プレゼントも買ってあるよ。

体重を量ると2490g。看護婦さんは何度も計りを見つめていた。何度見ても2500gにはならない。何故、そこまでこだわるのか?。2500g以下の子どもは未熟児扱いとなり、保健所に届出を出さなくてはいけないという。なるほど・・・。

そして、生まれた時間は17時29分。実は17時30分を過ぎると出産費が超過料金になるという。言わば残業手当みたいなものだろう。子どもは何時生まれるかわからない。でも「まり花」は生まれる時から親思いの子どもだ。無職の父親のために17時30分より前に生まれたのだから・・・。サルみたいな顔しているが、きっと可愛い子になるだろう。僕とワイフの子どもだから・・・。

2010年1月12日 (火)

計画出産

1月12日11時頃だったと思うが、ワイフから携帯に電話があった。普段ワイフはめったに電話をかけてこない。ついに陣痛でも始まったのか・・・。電話をとると「計画出産するために陣痛促進剤をうってはどうかと先生に言われた」という。「どうしたら良いのか・・・」と相談の電話だった。初産の上に高齢出産なので、予定日に計画的に産まないと自然分娩が出来ない可能性があるという。帝王切開になるかも・・・。ワイフには大変な思いをさせるけれども、僕はやはり自然分娩がいいと思っている。「陣痛促進剤でやってみよう」これが僕の結論だった。

今では出産技術も進み「無痛分娩」という方法もある。欧米では「無痛分娩」も一般的という。麻酔を使って妊婦の陣痛の痛みを和らげる方法だ。僕は古い人間かもしれないけれども、ワイフには「お腹を痛めて、大変な思いをして産むからこそ、子どもを大切にするのではないか」と話していた。「古いこと言って・・・」とワイフは笑っていたが、選んだのは自然分娩だった。そして、ワイフはその日、家に帰って来た。「明日の朝、産婦人科に出頭する」と・・・。

2010年1月10日 (日)

ワイフとの散歩

ワイフと散歩に出かける。結婚して5年、何処かに出かけるために一緒に歩くことはあったけれども、散歩を目的として歩いたことはなかった。産科医から散歩を進められたようだ。ワイフは、選挙前になると支援者の家を一軒一軒訪ねて政策のパンフレットを配って歩いてくれる。毎日毎日、1日中歩いている。それに比べれは、本来1時間ほどの散歩はたいしたこと無いのであろう。しかし、妊婦となるといささか状況が違ってくる。少し歩くと、息が切れる。歩く速度も遅い。大変な様子。「プレパパ・プレママ教室」で妊婦体験をした時を思い出した。あの時の僕は、700gベストを着ていた。今のワイフは2600g。約4倍の重さを体にまとっている。

新しく区画整理された街を歩きながら、変わり行く街の姿を語り、公園で遊ぶ子ども姿を見ながら、自分たちの子どもの姿を想像する。夫婦の散歩もいいものだ。

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