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2008年8月

2008年8月31日 (日)

少年野球の監督

080831一度経験すると癖になるもの、それは少年野球の監督です。1年に1度の監督業。毎年、楽しみにしている。「今度こそ、勝利するぞ」と、思いはあるが、1度も勝ったことはない。子供たちは、各少年野球チームの選抜選手だ。いい選手ばかりであることは、言うまでもない。

僕も子供時代は野球少年。6年生時の夢は「プロ野球選手」だった。監督が悪いからなのか、選手が緊張するからなのか、野球少年が監督になっても、1回も勝てない。気づくと、大きな声を出している。点を取られると悔しい。点を取ると嬉しい。こんな思いの1時間半だった。

いつか、自分のチームを持って、正式に監督をやってみたい。何時までも、野球少年の気持ちを捨てたりはしない。

2008年8月30日 (土)

2泊3日の防災訓練

20080829220205_220080829220230災害時に自宅が崩壊すれば、避難所生活になる。地域の防災拠点は学校になり、当初は体育館での寝泊りとなる。体育館の床で、多くの方々と夜を過ごすというのはどういう状況なのか、経験してみる必要がある。

200808300728441日目20時現地集合。避難所暮らしをするための準備に入る。トイレを設 置する。ランプを灯す。発電機を動かす。非常用ライトを設置する。水の確保をする。準備は数多いけれども、地域の人は手馴れたものだ。テキパキとこなしている。僕は、逆に邪魔していたような有様だ。でも、激しい豪雨が降り出し、残りの準備は明日へと引き継がれた。

さて、体育館。持参した毛布を床に引き、体を横たえる。でも、床が固くて、寝付けない。普段、柔らかなベットで寝ている故に、しびれてしまう。人の歩く音も響く。1日~2日なら耐えられると思うけれど、何日もここで寝ることになれば、相当きつい。でも、気がつくと寝ていた。

朝は、朝食づくりから始まる。味噌汁をつくり、もち米をふかす。朝ごはんは、餅です。朝6時から餅つきが始まる。腹持ちが良いので、避難所には適していると言う。僕もようやく貢献できた。餅つきは得意なので、こねから、つきまで、こなせる。

こうした防災訓練は、正に実態に近いもの。よい経験が出来たと思う。

2008年8月24日 (日)

20世紀野球少年からの一言

オリンピック野球日本代表は、メダルを取れずに惨敗した。僕も子供の頃から野球をやっていて、将来はプロ野球の選手になりたいと思っていた。野球が大好きで、「ワールドベースボールクラッシク」で、優勝したときに涙した「20世紀野球少年」から見たオリンピックは「ふざけるな」の一言につきる。

闘将・星野監督が「選手の実力はこんなものではない。調子が悪かっただけ・・」実に情けない。オリンピックは高校野球のように一発勝負だ。怪我してるとか、調子が悪いとか、そんな言い訳は、気の抜けたプロ野球ペナントレースで言えばいい。選手も「日の丸の重荷」、「緊張感」、勝てなかった原因を、そんな所に求めないで欲しい。アマチュア選手も「日の丸の重荷」を背負って、活躍しているではないか・・・、まして職業野球人がそんな言い訳して、どうするのか。選手の選び方、選手の使い方、いろんな問題はあったであろう。

「MLBが出場していないオリンピックでは、日本が優勝して当然なんだ。韓国プロ野球よりも、日本プロ野球の方が実力が上なんだ」こんな日本の子供たちの夢をつんでしまった責任は重い。これから、オリンピック日本代表はどうするつもりなのだろうか。とにかく、1試合1試合を命がけで、勝ちにいく、気合を込めたペナントレースを見せて欲しい。そうでないのなら、もし、野球が正式種目に復活しても、2度とオリンピックに出ないで欲しい。アマチュアだけで選手を構成すべきだ。

ワールドベースボールクラシックでは、何故、勝てたのだろう。イチローがいたのが大きいのではないか。MLBシーズン中、1試合どころか、1打席、1捕球に勝負をかけている「侍」が、そこにいたからではないか。今回のオリンピック野球日本代表をどう感じたのだろうか、聞いてみたいものだ。

プロ野球選手の皆さん、平成21年春のワールドベースボールクラッシックで、もう一度「夢」を見させて欲しい。20世紀野球少年より。

2008年8月16日 (土)

オリンピック日本代表の「主将」

オリンピック日本代表に「主将」などという肩書きをつくる必要があるのか、本当に疑問だ。アテネも北京も「主将」は、自らの競技でよい結果を出せていない。オリンピック日本代表は各競技の代表であり、お互いが助け合うことなど、出来るわけがない。

例えば野球のようにチームスーポーツとして、戦う競技にチーム内で「主将」をつくることは意味があると思う。でも、全体の「主将」は無意味と言わざる終えない。無意味な肩書きのプレッシャーで、自らの競技に全力を出し切れない、こんな状況が続いているのではないか。

オリンピック選手になるような選手ゆえに、責任感が強く、まじめに捉えてしまう。オリンピックに参加する以上、メダルを取ってもらいたい。そのために、選手が努力し、国民は応援する。最大のパフォーマンスを発揮するための環境整備が必要だ。

まずはオリンピック代表「主将」という制度、肩書きをやめるべきだ。鈴木主将の涙が忘れられない。

2008年8月12日 (火)

「君が代」と北京

北京オリンピックで、日本人選手が活躍している。特に金メダルは、僕らを勇気付ける。オリンピック観戦症にかかっているマイ・ワイフが自宅に帰るとこんなこと言い始めた。

「中国で『日の丸』が掲揚され、『君が代』が流れるなんて、本当に意味深いわね・・・」

確かに「日の丸」「君が代」を否定するような国民感情を持つ中国。オリンピックという特別な時だからと、言われれば、それで終わる。でも、これだけ堂々と、「日の丸」が掲揚され、「君が代」が流れると、これから何かが、変わってくると思う。お互いの国を尊重し、過去を反省しながらも、未来を大切にする。こんな近所付き合いでありたい。

しかし、マイ・ワイフも政治家の妻になってきたのだろうか・・・。

2008年8月 8日 (金)

北京オリンピック前日

開会式を前にして、男子サッカー「日本VS米国」が始まった。まさか負けるとは・・・。正直、米国に負けると、次の2つの試合は相当大変だと思う。オリンピック代表は、将来のフル代表にもつながる。ここで、勝てないと、この世代がフル代表になっても、勝てないということになる。全力をつくしている選手が、更にその上のレベルに上がるのは、「運」なのかもしれない。

反町監督は、僕と同じ年。キャプテン翼のモデルだったとも聞く。昔、秘書時代に、同じ事務所に勤めていた女性秘書が、当時反町選手の大フアンだった。僕もフリューゲルス時代の姿を見ている。同世代の監督が、「監督として何処まで世界に通用するか」こんな評価も受けるのであろう。とにかく、第2戦に期待したい。

2008年8月 1日 (金)

内閣改造やるっきゃない

福田総理は、内閣改造をどうやらやるようだ。大臣適齢期の先輩議員は、官邸からの電話を今か今かと待ち望んでいるのだろう。携帯電話とのにらめっこが、続いているはずだ。こうなったら、電波の入り具合3本の場所にいなくてはいけない。いつか、僕もそんな時代をむかえた時に、どうなるのだろう。想像すらできない。

「大臣病」という病気があるそうだ。「大臣になりたい。どうしても大臣になりたい。絶対なりたい」とにかく、なりたい思いが強い人がかかる病気だそうです。なることが目的でなく、なった後に何をやりたいか、それが大切。わかっていても・・・。

総理が自らの政策を実現できるための、内閣にしなくてはいけない。派閥順送り・・・、そんな時代でもない。詳しい専門家が内閣を構成しなくてはいけない。

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