仙台に日帰りの旅。「るーぷる仙台」という観光名所を案内する仙台市営バスに乗り込む。そう言えば横浜市営バスも同様に観光名所を案内する「赤い靴号」があったっけ。僕が横浜市会水道交通委員長の時に開通式に参加した記憶がある。
るーぷるに乗って、冷やし中華発祥の地であり、発祥のお店と言われる北京料理「龍亭」に行く。1300円で、たれは「醤油だれ」と「ごまだれ」がある。僕は、迷った末に、ごまだれにした。高級な冷やし中華というイメージ。チャーシュー、きゅうり、たまごなど上にのせる「ぐ」は、お皿に出てきて、後からのせることになっている。なるほど、これが「冷やし中華」の初めてか・・・。
仙台と言えば、牛タンも有名。でも、これは歴史が浅いそうです。アメリカ産の牛タンが多いらしい。全部が仙台牛というわけではないようだ。
冷やし中華の歴史は「龍亭」のホームページに解説が載ってます。(下記)
全国的には意外と知られていませんが、実は仙台は冷し中華の発祥の地。そもそも冷し中華が仙台に誕生したのは、今からおよそ半世紀以上も前の昭和12年のこと。 中華組合の人たちの間から、「夏になると熱い中華料理ではどうしても売上が落ちてしまう。夏でも売れる中華はないものだろうか」という意見が出たのがきっかけでした。みんなでさまざまに出し合ったアイディアをまとめ、試行錯誤を繰り返しながら冷し中華第一号を作った人が、当時組合長だった龍亭の初代主人・四倉義雄。ラーメンが10銭だった時代に25銭と高かったにもかかわらず、大好評を博し、ほかの中華料理店のメニューにも続々と登場するようになりました。時は流れて戦後。戦前生まれの冷し中華は、戦中から戦後にかけての混乱期には、お店のメニューからその姿を消してしまいます。配給制限の為材料がなかなか入らなかったからなのです。
そして昭和20年代後半、いよいよ冷し中華復活の日がやってきます。昭和24年に再興した中華料理組合が先頭に立ち、のぼりを立てたり、ポスターを貼ったり、チンドン屋さんを雇ったりと大々的に宣伝をしたのです。また、食べやすさを考えて具を細切りにしたのもこの頃から。赤い紅しょうが、黄色い錦糸卵、緑色のきゅうりと、彩りにも気を使うようになり、今の冷し中華の原型が出来あがりました。(「龍亭」HPより)