フォト
2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

2008年6月26日 (木)

いざ冷やし中華発祥の地へ

20080626154352仙台に日帰りの旅。「るーぷる仙台」という観光名所を案内する仙台市営バスに乗り込む。そう言えば横浜市営バスも同様に観光名所を案内する「赤い靴号」があったっけ。僕が横浜市会水道交通委員長の時に開通式に参加した記憶がある。

るーぷるに乗って、冷やし中華発祥の地であり、発祥のお店と言われる北京料理「龍亭」に行く。1300円で、たれは「醤油だれ」と「ごまだれ」がある。僕は、迷った末に、ごまだれにした。高級な冷やし中華というイメージ。チャーシュー、きゅうり、たまごなど上にのせる「ぐ」は、お皿に出てきて、後からのせることになっている。なるほど、これが「冷やし中華」の初めてか・・・。

仙台と言えば、牛タンも有名。でも、これは歴史が浅いそうです。アメリカ産の牛タンが多いらしい。全部が仙台牛というわけではないようだ。

冷やし中華の歴史は「龍亭」のホームページに解説が載ってます。(下記)

全国的には意外と知られていませんが、実は仙台は冷し中華の発祥の地。そもそも冷し中華が仙台に誕生したのは、今からおよそ半世紀以上も前の昭和12年のこと。 中華組合の人たちの間から、「夏になると熱い中華料理ではどうしても売上が落ちてしまう。夏でも売れる中華はないものだろうか」という意見が出たのがきっかけでした。みんなでさまざまに出し合ったアイディアをまとめ、試行錯誤を繰り返しながら冷し中華第一号を作った人が、当時組合長だった龍亭の初代主人・四倉義雄。ラーメンが10銭だった時代に25銭と高かったにもかかわらず、大好評を博し、ほかの中華料理店のメニューにも続々と登場するようになりました。時は流れて戦後。戦前生まれの冷し中華は、戦中から戦後にかけての混乱期には、お店のメニューからその姿を消してしまいます。配給制限の為材料がなかなか入らなかったからなのです。

そして昭和20年代後半、いよいよ冷し中華復活の日がやってきます。昭和24年に再興した中華料理組合が先頭に立ち、のぼりを立てたり、ポスターを貼ったり、チンドン屋さんを雇ったりと大々的に宣伝をしたのです。また、食べやすさを考えて具を細切りにしたのもこの頃から。赤い紅しょうが、黄色い錦糸卵、緑色のきゅうりと、彩りにも気を使うようになり、今の冷し中華の原型が出来あがりました。(「龍亭」HPより)

2008年6月23日 (月)

「CHANGE」VOL.7

フカツエリ秘書官が、キムタク総理秘書官を辞めるという話だ。政治家になるために財務省を辞め、テラオアキラ代議士の秘書となっていた。キムタクを代議士に担ぎ出し、総理就任と共に総理秘書官となっている。

フカツエリは、テラオアキラ官房長官に脅され、自分の将来の為に、キムタク総理を辞任に追い込む手助けをする。それが総理秘書官の辞任だ。自分の将来の為に、という考え方が土台間違っている。

政治家志望の秘書は、「自分のために」と働いている限りにおいて、政治家には向かない。自分の思惑をすて、一人の人間(政治家)に尽くし、為に働いた者だけが、社会の為に働ける心身を得ることが出来る。キムタク総理に尽くせない人が、国民の為に活動する政治家になれるわけないし、なってはいけない。フカツエリは失格だ。僕は、小此木事務所から、出向を命じられ亀井善之代議士の秘書になった。結局、片道切符となり、小此木事務所にはもどれなかった。でも、手を抜かず働いた。理屈でなく、誰かの為に働くことの意味を実感した。

次週にフカツエリ首相秘書官が秘書官に戻ったとして、政治家になったはいけない。まだしばらく、雑巾がけ、秘書として鍛錬すべきだ。

2008年6月17日 (火)

今年も「さくらんぼ」狩り

20080616120438_2ここ数年、毎年のように南アルプス市に「さくらんぼ」狩りに出かけている。取って口に放り込み、種を口から飛ばす。この繰り返しを、永遠に、と言っても150回くらい行う。とにかく、おいしい。脚立にのぼり、太陽に当たる「さくらんぼ」を口にする。イチゴ狩り、りんご狩り、ぶどう狩り、みかん狩り、いろいろ果物狩りがあるけれども、納得できるまで食べられるのは「さくらんぼ」であろう。

もう2度と「さくらんぼ」を食べたくないと、思っても、翌日には忘れる。来年もこの時期に、ここに来たいと思う。「さとうにしき」実においしい。

果物農家も、収穫出来るまで、木を育てるのは大変だったと思う。品種改良を始めとする努力が、結果をもたらす。地産地消、食糧自給率UP、農業を取り巻く環境はこれから、大きく変わると思う。でも、努力する人が報われる社会は、どこも変わらない。おいしい「さくらんぼ」を更に期待する。

2008年6月16日 (月)

「CHANGE」Vol.6

キムタク総理が「小児医療の充実」を含めた補正予算を閣議決定した。大臣の罷免をちらつかせながら・・・。小児医療の充実を是が非でもやりたいようだ。知人の子供が救急受け入れ拒否をされ、たらい回しにされたことが原因。

キムタク総理と接して、権力の権化のような政治家達が「初当選の頃の理想を持っていた自分を思い出す」と言う。キムタク総理が言わしめたとも、いえると思う。

そんな簡単に初心を忘れることが出来るのだろうか。僕は忘れない。国会正面玄関中央塔。ここは最初に国会議員バッチを胸につけた所。ここには、伊藤博文、大隈重信、板垣退助、3人の憲政の功労者がいる。ここに来れば何時でも、初心を思い出せる。迷った時、自分が目指した政治なのかどうか、ここに来ればいい。

さめた見方をすれば、何もわからないから、考えられることもあるし、出来ることもある。知らないことは武器でもあり、弱点でもある。

本当は良く知っていて、予算の裏づけも確保しながら、既得権益、既成概念を打ち破ることが出来る政治、が本物だと思う。1つの事実を知ることによって、1つを対応すれば、どこかに歪みがくる。

でも、迷ってばかりいても、考え過ぎでもいけない。行動をおこすことの大切さをキムタク総理は教えてくれている。

2008年6月15日 (日)

衝撃。アイスホッケー降格

僕の所属しているアイスホッケーチームが、降格した。神奈川県アイスホッケーリーグは1部から6部まであり、各部に6チームで構成されている。僕の所属するチームは、若手を中心とするトップチームと、新人・ロートルを中心とするチームがある。僕はロートルチーム(サザンレッドウイングス)に在籍している。

今までは5部。それが今期の成績不振で、6部、つまり最下位部へと転落した。2勝4敗。最後の2試合が勝利。でも、前半は負け続けた。負け癖がつくものなのか、なかなか状況は好転しなかった。

来年は45歳。45歳以上になると、シニアリーグに所属する権利を持つ。普通のアイスホッケーと異なり、チェック(激しいタックル)、バッティングシュート(早いシュート)が禁じられている。来年のことは来年考えるとして、次期シーズンは、是が非でも、昇格したい。

僕の個人の成績は1ゴール、4アシスト。まあまあの成績ですが・・・、チームの成績が悪ければ意味はないですから・・・。

チームの成績は下記をクリックしてください。

「08_srw_seiseki.pdf」をダウンロード

2008年6月 9日 (月)

「CHANGE」Vol.5

今週はキムタク総理が、米国との通商交渉をおこなった。日本の国益の為に、日本国民の為に、譲れないことは「NO」という、そんなシーンもあった。

「(キムタク)総理の言葉は、聞いていて、気恥ずかしいことでも、素直に心に入ってくる。政治家に向いていると思う。」フカツ総理秘書官のコメントだ。

政治家にとって、「言葉」は最重要。素晴らしいことでも、悪く思われるし、最低のことでも、良く思われる。これこそ、言葉の力であり、政治家が持つべき能力だと思う。キムタク総理は、正に、政治家に向いているということだろう。

果たして僕の「言葉」はどうなのだろう。気にかかるところだ・・・。

2008年6月 8日 (日)

銀行マン

お通夜に行ったら「銀行さん」と呼び止められた。僕の見た感じは、「銀行ぽい」のであろうか・・・。今まで、職業クイズ「僕の職業は何でしょう」と聞いて、当たったためしは無い。よく言われるのは、「広告会社の人ですか・・・」こんな感じだ。

職業の持つイメージは、どんな仕組みで心に入ってくるのであろうか。TVの主人公が演じたイメージなのか、自分が出会ったことのある職業者のイメージなのか、漫画のイメージなのか。

「銀行員」と間違われたこと、・・・決して嫌ではない。僕の銀行員のイメージは「まじめに、着実に」であり、そんな生き方をしていきたい。議員バッチを付けていたのですがね・・・。

2008年6月 2日 (月)

「CHANGE」 Vol.4

キムタクが総理として動き始めた。就任早々の関心は「くらげ」。くらげの発生とダム建設との因果関係を追い求めている。ダムが出来たから、くらげが異常発生し、漁師が破綻寸前になっているというものだ。

「国の責任を認めれば財政支出が増加する。国が破綻してもいいのか」という問いに「間違いをした時は素直に認め、被害者救済を行うべき。それで国が破綻するならすればいい」とキムタク総理は答えた。

国が破綻して良いとは思わない。しかし、国の主人公であり、国を構成をしているのは国民です。例え一部であっても、その国民が国の事業の結果、被害を被っているなら、助けなくてはいけない。全て国民は、社会の一部に関わっており、一部を助けないということは、全体を助けないことと同じになる。

「官僚が偉いとは思わない。国民と同じ目線で政治を行う」これが、キムタク総理の所信であろう。僕もキムタク総理と同じ意見だ。「現地に行き、この目で見る。当事者の意見を聞く。考えをめぐらせ、しっかり言う」こんな政治を続けていきたい。

僕のライバルは朝倉代議士(キムタク総理)。負けるわけにはいかない。

2008年6月 1日 (日)

服の引越し

今日は衣替えで、「Cool Biz」が許される夏となる。そのためには、まず大仕事が残っている。服の引越しだ。秋冬の洋服を片付けて、夏の服を出さなくては・・・。でも、結構めんどくさい。夏用のジャケット・シャツ・パンツこれらをメインの洋服ダンスに移動。結局4往復もした。虫食いになっていなか確認し、汚れが無いかも確認し、タンスにかけていく。夏服は軽いので、往復も楽。でも冬服は同じ枚数でも重く、持ち運びが大変。こんな重いものを身に着けているのだから、肩こりになっても致し方ない。

服の引越しをしながら、、昨年(2007年)の夏を思い出す。太陽の陽射し、夏祭り、生ビール。でも、2005年の夏、この夏ほど思い出深い夏は無い。最初の衆議院選挙、といかく暑く、熱中症になりかけた。軽装がこれほど役にたった時もない。さて、Cool Biz。明日から楽しみだ。

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »